障害児の母ちゃんが幸せを感じる時

障害児の母ちゃんになって12年目になりました。

重度知的障害児の息子と健常児の娘の二人を育てている母ちゃんがふとした時に胸にギュギュンと感じる幸せ。

今日はそんなお話をしたいと思います。

みんなと同じご飯を食べている時

現在、障害児の息子は口内に感覚過敏があり、柔らかいゼリーや果物が苦手です。

彼が乳幼児だった時は偏食がひどくて、ほぼ炭水化物しか食べない時期が3〜4年続きました

栄養は取れているのか、自分がもっと料理が上手だったら食べるのだろうかと悩んで泣いていた時期はそれはもう苦しかった。

毎日作るご飯は息子だけがみんなと違うものを食べていて、でもそれしか食べられないので仕方ないのですが、一緒に同じものを食べられたらいいのにと切ない思いでした。

それが小学生になってくると食べられるものが増え始め、魚や野菜を一口食べられるようになり、それが徐々に増えていきました。

小学3〜4年生になると食べられなかったお肉が大好きになって、野菜も汁物に入っているものは完食できるようになってきました。

今では家族でお鍋を囲んで食べられるようになり、焼肉を食べられるようになり、この前はカツ丼が食べられるようになりました。

5年前はこんなこと想像もできませんでした。

みんなで同じ食事を囲んで食べられるのって、なんて幸せ。

朝、子供たちを起こす時

朝に寝ている子供たちを起こす時に「おはよう」と声をかけると目は閉じていてもニコッと笑顔になる時があります。

可愛くて仕方なくて、胸がギュンとします

最近は寒くて丸くなっていたりするのが、また可愛い。

ねぼすけな子供たちが大きくなって自分で起きてくるようになれば助かるなと思う一方で、この朝に起こす時間がなくなるとちょっと寂しいかなと思います。

今しか見られない子供の可愛い寝起きの様子を見られるって、幸せ。

手を繋ぐ時

我が家の重度知的障害児の息子は危険予測が難しく、最近になってようやく車道などに飛び出したりなどがなくなってきたかなというレベル。

信号なども分かっているのか怪しく、車通りや人通りが多いところでは今でも手を繋ぎます。

昔はそれこそ手を離すとパッとどこかに駆け出していってしまうので、外に出る時は玄関から手を繋いで出て、手を離すことができませんでした。

不機嫌になったり、パニックになるとその場で寝転がり怒ったり、泣いたりしていました。

今では外出先でそうなることは滅多になくなったので、ちょっと成長を感じます。

昔は繋いでいた手が小さくちょっともちもちしていたのに、段々と大きくなってきてしっかりしてきました。

もう1〜2年も経つと、息子の手は母ちゃんの大きさを超えるのかな。

娘も出かける時にはまだ手を繋いでくれます。

まだ母ちゃんより少し小さな手。

もう1〜2年もすると、娘に「手を繋ぐの恥ずかしい」って言われちゃいそうです。

これもまた今限定の繋いだ小さな手の温もりを感じられることって、幸せ。

そんな訳で、母ちゃんが幸せをギュンっと感じる時を挙げてみました。

これも全部子供たちが母ちゃんの下に産まれてきてくれたからこそ感じられる幸せです。

もちろん、大変なこともそれはもう掃いて捨てても余りあるほどですが、それでもやっぱり子供たちは可愛い。

今日も無事に元気に子供たちが帰ってきてくれる、それだけでもう本当に幸せです。

毎日、幸せをありがとう。

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